大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和49年(行ウ)3号 判決

原告

小野田三蔵

吉田新一郎

外二一三名

右原告ら訴訟代理人

安田純治

宮沢洋夫

外五名

被告

福島県知事松平勇雄

右訴訟代理人

堀切真一郎

長田弘

外三名

右指定代理人

宮村素之

岩渕正紀

外八名

主文

原告らの各訴をいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が東京電力株式会社に対して、昭和四八年一二月一日付をもつてなした、福島県双葉郡楢葉町大字波倉地先、同郡富岡町大字毛萱地先海面198,799.91平方メートルの公有水面の埋立を免許する旨の処分、および昭和四八年一二月一日付をもつてなした、同郡広野町大山下北迫地先海面371,623.56メートルの公有水面の埋立を免許する旨の処分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二1  本案前の申立

(一) 原告らの各訴を却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案に対する答弁

(一) 原告らの各請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告

原告らは、いずれも本件各免許にかかる公有水面に近接する海岸に接近して居住し、かつ本件各免許の目的である原子力および火力発電所が建設された際には、後述するような原子力および火力発電所の科学技術上の問題により、生命、健康、生活等に重大な影響を受けることを免れ得ない者である。

2  本件免許の存在

東京電力株式会社は被告に対して、昭和四八年六月二一日本件各免許と同旨の公有水面埋立免許願をそれぞれ提出し、被告はこれについて同年一二月一日請求の趣旨記載のとおりの各免許処分をした。

3  本件免許の違法性

(一) 本件免許の目的である原子力および火力発電所の建設については、次のような違法が存する。

(1) 原子力発電所について

イ 原子力発電所の安全審査方法について〈略〉

ロ つぎに、福島県浜通り地方における巨大原子力発電所の集中的立地がもたらすおそれのある危険について科学、技術上の論拠を述べる。〈略〉

(2) 火力発電所の科学技術上の問題点

イ 本件埋立地上に建設予定の火力発電所の構想〈略〉

ロ いおう酸化物の発生

〈略〉

ハ 〈略〉

ニ 大気汚染による健康破壊

〈略〉

ホ 大気汚染による農業破壊

〈略〉

ヘ 温排水による漁業被害

〈略〉

(二) つぎに、埋立自体によつても原告の生命、健康、生活を侵害するおそれがある。

(1) 第一に、埋立によつて本県浜通り地方の海岸侵食が一層進行し、原告の生活に対して海岸直近の土地侵食はもとより、高潮、生活環境の変化等種々な形態によつて影響をもたらす。

イ 我国のような海岸線の長い国にとつて、海岸侵食の問題は多大な関心事であり、昭和四六年度においても国は一、一一一億円の支出をしている。

ロ 浜通り海岸は古くから変化に富んだ男性的な急崖が迫つた美しい海岸として知られている。従来から侵食のすすんでいた海岸であつたが、山内秀夫博士が大正一年から昭和三四年にかけて調査したところによると、年平均0.3〜0.7メートルであつた。

ハ ところが最近になると、平均して年二〜三メートル、ひどい所になると年一〇数メートル海岸線が後退している。

(イ) 海岩侵食のテンポが速まつている第一の原因としてあげられるのは、河川からの土砂供給量の減少である。昭和三〇年以降浜通り河川には多数のダムが建設され、土砂供給量がはなはだしく減少した。それまでは、海岸に運ばれた土砂が海岸を波から防禦し、海岸侵食を防いでいたが、それができなくなつてしまつた。

(ロ) 第二に、港湾設備の設備拡充が挙げられる。昭和三六年から港湾設備計画が実施され、福島県内においても小名浜、相馬、江名、中之作、久之浜港等において、港湾敷地の拡張、防波堤の伸長がおこなわれてきた。このような外海への港湾の発展は、沿岸沿いの流れに影響を与え、海岸の形を大きく変える力となる。

(ハ) 右と類似したものとして、昭和四六年三月二六日運転開始された東京電力福島第一原子力発電所(大熊町)の防波堤がある。

この防波堤は、原子炉をとり囲むように南北二本太平洋につき出している。南の防波堤は、長さ九六五メートル、北は一、〇九〇メートルであり、海岸から先端までの直線距離は約七〇〇メートルである。昭和四一年着工して四五年秋に完成している。

この防波堤の建設に伴つて、沿岸の流れに影響を与え、防波堤の南側にあつては土砂の堆積が増え、水深が浅くなる一方、北側にあつては土砂が削りとられ、水深が深くなり、海岸侵食が一層激しくなつている。この侵食によつて海岸変化は著しく、海水浴場として親しまれてきた郡山海岸では、砂浜が削りとられ自然が破壊されている。詳細すると、昭和四四年八月から四七年一二月まで深浅測量結果によれば、防波堤の南側では、全体に水深が浅くなり、堆積傾向にある。南防波堤の突出方向とほぼ平行に土砂の堆積がみられる。

これに反して、北防波堤の北側では、全体に水深を増して、侵食傾向にある。局所的に二メートルの水深低下にある。

このように防波堤を境にして海底に大きな変化が発生したのは、南から北へ向う波が、防波堤にさえぎられ、波の運搬する土砂の堆積状況に変調をきたしたことが原因である。

また、昭和四二年と同四六年の空中写真による測量結果から、四年間の海食崖の後退速度を求めると、防波堤北側では年に三メートル以上も後退する海岸があつて、後退する速度が激しく、年平均一メートル強である。

これに対して、防波堤南側では、後退速度が年平均0.7メートルで比較的ゆるやかである。

しかし、山内秀夫博士の大正一年から昭和三四年までの調査によると、後退速度は年平均0.3メートルとなつており、防波堤北側は勿論、南側における後退速度も異常と言わなければならない。

本件の公有水面埋立も、右第一原子力発電所におけると同様に、防波堤を突出させるものであり、周辺特に北側の海岸侵食を発生させることは明らかである。

ニ 以上のように、浜通りの海岸侵食が進行しているが、本件埋立を強行するならば、更に一層の海岸侵食が進行することが予想される。そうなると、海岸沿いに住む住民は、土地その他の財産が危険にさらされ、また、高潮がおきた場合にその被害が広範囲に及び、更に海流の変化により附近漁民および川の漁民の生活がおびやかされる。

このような危険を科学的に解明せずに埋立を強行することは、住民の生活権を侵害するものであり、憲法に保障された幸福を追求する権利を侵害するものである。

(2) 埋立のための土砂を、富岡町大字上手岡字坂ノ上一番から採取する予定とされている。しかし、右地内は以前より木の生育が悪く土砂が多い所であり、降雨の際には土砂の流出があり、附近住民への影響が心配されており、現実に土砂流出が発生したことがある。このような地域において、木を切り、土砂を約一三〇万立方メートル削りとることは、附付住民にとつて、その土地等の権利及び生命への危険を発生させることになる。

(3) 更に、右土砂を運搬する際に、富岡町の中心街を大型トラツクが通行することになる。当然交通事故の急増、騒音、振動による公害、道路のいたみ等附近住民にとつては、いままでの生活環境を変化させる。

4  結論

以上述べた様に、本件各埋立の目的である原子力発電所、火力発電所の建設および埋立自体に、まだ科学的に未解決な問題が多数存在しており、その解決が十分につかない現時点でこれらの計画を強行することは、原告らの生活、土地、営業を破壊するものであり、原告らの「良き環境を享受し、かつこれを支配する権利」即ち、環境権を侵害する。

これは、憲法一三条、二五条に保障された権利を侵害するものであり、将来埋立および原子力発電所、火力発電所の建設がなされるに至つた段階において、原告らに対し、生活破壊がもたらされることは明白である。

よつて、本件免許の取消を請求する次第である。

二1  本案前の申立の理由

原告らは、本件公有水面埋立免許の取消しを求めるにつきなんら法律上の利益を有しないから、行政事件訴訟法第九条の規定に照らし、本件訴えを提起する適格を欠くものである。

よつて、本件訴えは、いずれも不適法であり、却下されるべきである。

原告らの主張が本件訴えの利益の存在を基礎づけるに足りないものである理由は、次のとおりである。

(一) 原告らは、被告が東京電力株式会社に対し本件埋立ての免許をしたのは違法であるとし、その理由として、要するに、第一に、請求の趣旨第一項掲記の埋立ての目的とされている原子力発電所の建設は、設置に当たつての安全審査においてずさんであるのみならず科学技術上安全性を保し難いものであること、第二に、請求の趣旨第二項掲記の埋立ての目的とされている火力発電所の建設は、大気汚染等による健康破壊・自然破壊をもたらすものであること、第三に、右いずれの埋立ても、海岸侵食を進行させ、これにより原告らの土地その他の財産が危険にさらされ、憲法に保障された幸福を追求する権利等を侵害されるにいたること、第四に、現実の埋立工事によつても、土砂の搬出に伴う自然環境・生活環境の破壊により生命・身体・財産が危険にさらされることの四点を挙げて、右免許の取消しを求めるものである。

(二) しかしながら、発電所の建設に関する第一、第二の点は、本件埋立免許に基づき埋立工事が完了した後埋立地に設置することが計画されている発電所についての問題点であつて、埋立免許と必然的関連を有するものではない。けだし、埋立免許は、公有水面を埋め立てて土地を造成することを認める行為であつて、埋立地上に特定の建築物等を設置する権能を付与するものではないからである。埋立地上に特定の建築物等を設置しようとするものは、当該目的物件の設置を規制する各別の法律によりその設置につき確認・許可等を受けなければならず、原子力発電所の設置については核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律二三条一項の規定による内閣総理大臣の許可を、火力発電所については電気事業法四一条一項の規定による通商産業大臣の認可を必要とするものである。したがつて、当該発電所の設置の当否については、右の許可又は認可の手続段階において調査検討されるべきものであつて、埋立免許申請手続において審査の主題となるものではない。

もつとも、昭和四九年三月一八日政令第五六号による改正前の公有水面埋立法施行令(以下旧法施行令という。)二条一項三号によれば、本件埋立免許申請当時においては、申請書に埋立ての目的を記載すべきものとされていたが、右規定の趣旨は、該当埋立てが公共の利益の実現に資するものであるか否かの判断資料を得て埋立免許行政の適正を期するにあるものと解されるので、埋立免許申請書に埋立ての目的を記載すべきものとされているからといつて、埋立免許申請に対する審査段階において、将来埋立地上に設置される予定の建築物等の具体的安全性等についてまで審査しなければならないものではない。

したがつて、仮に、発電所の建設に関する右第一、第二の点が原告らの具体的な権利又は利益の侵害を意味するものとしても、それらは本件埋立免許によつてもたらされるものではないので、これをもつて右免許の取消しを求める法律上の利益の存在を基礎づけるものとすることはできない。

(三) 次に、原告らが本件埋立免許の違法理由として主張する第三の海岸侵食の点については、海岸侵食のおそれ自体が明確性を欠いているばかりでなく、それが原告らの財産等に及ぼす危険についての主張が具体性個別性を欠いており、法律上の利益主張というに足りないものである。

のみならず、本件埋立免許の根拠である昭和四八年法律第八四号による改正前の公有水面埋立法(以下「旧法」という。)三条及び四条の規定によれば、公有水面埋立てにつき免許を与えるか否かは行政庁の広範な裁量にゆだねられているのであつて、埋立てによる海岸侵食のおそれというような派生的効果のごときが直接的、具体的に免許行政における保護の対象とされているものではないことが明らかである。したがつて、本件埋立免許により海岸侵食がもたらされる旨の原告らの主張は、いわゆる反射的利益の主張であつて、取消訴訟の対象とし得る法律上の利益にかかわりのないものとして採用に値しないものである。

(四) 前記第四の現実の埋立工事による被害の点は、仮にそのような被害があるとしても、それらは、本件埋立免許から直接的に発生するものではなく、一連の埋立工事の手段・方法の不適切・不完全によるものであるから、本件埋立免許がその原因であることを前提とする原告らの主張は、理由がない。

(五)(1) なお、ある行政処分の取消しを求める原告適格があるというためには、その処分自体の直接の効果として、原告の「法律上の利益」に対し損害ないし不利益を生ずることを要する。公有水面埋立免許は当該水面についての埋立権を出願人に設定するに止まるものであるから、右免許それ自体が当該水面の周辺において生活する者に対して損害ないし不利益を与えることはあり得ない。したがつて、右に述べた「処分自体の直接の効果」を文字どおり解するならば、当該水面の周辺において生活する者は埋立免許の取消しを求める原告適格を有しないといわざるを得ないのである。仮に、埋立免許は埋立権の設定を受けた者の埋立工事を当然に予定するものであることに着目した上、埋立工事およびこれを根拠付ける埋立免許を一体とみて公法的規制に服せしめるべきであるとの認識を前提として、原告適格の有無の判断に関しては、埋立工事によつて事実上生ずる周辺環境への影響をも埋立免許自体の直接の効果としてとらえ、それによつて損害ないし不利益を受ける者に右免許の取消しを求める原告適格を認めるべきであるとする考えに立つても、埋立免許自体の直接の効果としてとらえ得るのは、あくまでも埋立工事自体によつて生ずるものに限られるのであつて、埋立完成後の埋立地の利用に伴う現象は、埋立免許の直接の効果の範囲に含めることのできないものである。

(2) ところで、原告らが本件免許によつて被ると主張する損害ないし不利益とは、前述のとおり、①埋立地に建設される原子力発電所の運転による危険、②埋立地に建設される火力発電所の運転による健康及び自然の破壊、③埋立施行による潮流異変に基因する海岸侵食からの被害、④埋立工事に伴う自然及び生活環境の破壊による生命、身体及び財産への危険、の四点に帰着するものと解されるが、しかし、右いずれの主張を根拠としても原告らの原告適格を基礎付けることはできない。

この点を以下において明らかにする。

(六)(1) まず、原告らの主張する右①及び②の損害ないし不利益なるものは、いずれも、埋立の完成した後における埋立地の利用に関する事柄であつて、本件免許自体の直接の効果としてこれをとらえることのできないものである。したがつて、仮にそのような損害ないし不利益の発生の可能性が想定できなくはないとしても、このような場合の司法的救済手段は、そのような事柄を直接規制する行政処分に対する抗告訴訟その他の行政訴訟又は問題の解消を求める民事訴訟手続として与えられるべきものである。右のような損害ないし不利益は、本件免許との関係においては、事実上のしかも極めて間接的な損害ないし不利益にすぎないのであるから、これを基礎として原告らに原告適格を認め、本件免許を争う道を開こうとする考え方は、行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益を有する者」の範囲を明らかに逸脱するもので違法であり原告らの権利救済という観点から見ても、そのような争訟手段を許容すべき必然性はない点において採用の余地はない。

原告らは、旧法施行令二条一項三号が願書に「埋立ノ目的」の記載を要求しており、昭和四八年法律第八四号による改正後の公有水面埋立法(以下、新法という。)も埋立地の用途のいかんに着目した規定を置き、特に同法四条一項が環境保全についての配慮を免許基準の一つとして規定しているのは従前からの実質的な免許基準を確認的に記載したものであるとして、本件免許出願に対する判断に際しては、埋立地に建設される本件原子力発電所及び火力発電所の運転に関する安全性あるいは環境への影響を審査すべきであり、したがつて、原告らは右運転によつて生ずると前記①及び②の損害ないし不利益を基礎として本件免許の取消しを求める原告適格を有する旨を主張する。しかし、右の主張は、そもそも旧法施行令二条一項三号の「埋立ノ目的」と埋立工事の完成によつて生ずる「埋立地の用途」とを同義であると解する点において失当であるが、この点はしばらくおくとしても、本件免許自体によつて原告らがいかなる影響を受けるか、右の影響は、本件免許自体の直接の効果といえるか、また、それは「法律上の利益」に当たるかという問題と、本件免許に際し行政庁がいかなる事項につき審査し判断すべきかという問題とを混同するもの、端的に言えば、本案前の問題と本案の問題とを混同するものである。すなわち、埋立の目的のいかんが、次に述べる意味においては埋立免許を与えるべきか否かの判断について無関係とはいい得ないとしても、このことと、原告らが、本件免許によつて、その取消しを求めるについての原告適格を基礎付けるに足る、その直接の効果としての損害ないし不利益を受けるか否か、原告らが行政事件訴訟法九条の「法律上の利益を有する者」に当たるか否かとは、全く別個の問題である。

(2) 旧法施行令二条一項三号が願書に「埋立ノ目的」の記載を要求している趣旨は、埋立地自体の利用目的を明らかにさせることにより、それを当該埋立てが公共の利益の実現に資するものであるか否か等を見るための参考とし、埋立免許料の適正な徴収等埋立免許行政の適正に役立たせるにあるのであり、原告らが主張するように埋立免許を与えるか否かの判断に際して埋立完成後の埋立地の個々の利用行為(本件で言えば、原子力発電所及び火力発電所の建設、運転。)に係る具体的な安全性あるいは環境への影響自体まで審査するためではない。したがつて、「埋立ノ目的」と「埋立地の用途」とが仮に同義のものであると解したとしても、それが社会通念上一般的に見て公共の利益に抵触しないといえるものであれば、いかなる用途のものに埋立免許を与えるかは、都道府県知事の裁量にゆだねられているのである。本件の場合、原子力基本法の制定に見られるように、我が国において既に原子力利用推進の方針が樹立されていること、国内外において原子力発電所及び火力発電所の建設が社会的に要求されており、これらの発電所の建設は公益に合致すると考えられること、本件各発電所の建設は電源開発促進法三条に基づいて内閣総理大臣が決定した電源開発基本計画に組み入れられていること等から、被告は、本件各発電所の施設の建設、築造を目的とする本件埋立ては公共の利益に合致すると判断したのである。

(3) 以上述べたところから極めて明らかなように、願書に「埋立ノ目的」の記載が要求されているとしても、そのことから直ちに原告らが本件免許の取消しを求める原告適格を有するということはできないのである。

(七) 次に、原告適格があるというためには、行政処分によつて何らかの損害ないし不利益を受けることをばく然と抽象的に主張するのみでは足りず、その行政処分によつて当該原告が損害ないし不利益を受ける過程、損害ないし不利益の内容を具体的に示すべきものである。そして、いうまでもなく、これらの点についての主張はそれ自体において論理的、経験的に根拠のあるものでなければならないが、それとともに右主張を裏付けるに足る立証が伴わなければならないものである。

ところで、先に述べたように、公有水面埋立免許自体の直接の効果としては当該水面の周辺において生活する者に何らの損害ないし不利益を与えるものではないが、仮に埋立工事による周辺環境への影響をもつて原告適格を基礎付け得るものとしても本件においては、原告らは、本件埋立工事によつて前記③及び④の被害、すなわち海岸侵食からの被害及び自然と生活環境の破壊の発生するおそれをばく然と抽象的に主張するのみで、本件の埋立工事によつてそのような現象を生ずるとする具体的かつ合理的な根拠を示していないばかりか個々の原告らがいかなる損害ないし不利益を受けるかについては何ら具体的な主張をしていないのである。

したがつて、前記③及び④に主張されている被害の点をもつてしても、本件免許の取消しを求めるについて原告らにその適格を認めることはできないのである。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1前段事実は不知、同後段事実は否認。

(二) 同2の事実は認める。

(三) 同3は争う。

3  被告の主張〈略〉

三  本案前の申立に対する原告らの主張

1  被告が本件免許処分において、「埋立の目的」である原子力発電所、火力発電所の安全審査をしなかつたことは、地方自治体としてなすべき責務を果さず、「開発」と「環境保護」との総合的視野を欠き、地域住民の生命健康を危険に陥れる重大な違法がある。

(一) そもそも、行政過程は、ある目的に向けられた行政庁の行為の積み上げであつて、かかる行政過程の一断面をとりだし、他と切り離して論議することは、意味をもたない。ところが、被告の主張は、全体像をぬきにして審査すればよいとする主張であつて、結局のところ、何のためにその審査をするのかという根本のところを忘却した主張に他ならない。もし埋立地上に作り上げられる原子力発電所、火力発電所が住民の生命、健康に危険を及ぼすおそれのあることが明らかにされた時、埋立に投ぜられた約二六〇億円の膨大な投資(東京電力提出の願書添付の見積書による。)は、環境破壊にのみかけられたことになる。美しい海を埋立ててつくられた約五七万平方メートルの埋立地は、廃虚に他ならなくなる。請求原因において述べた如く、その危険は確実に存在している。そうなつた場合、被告はその責任をどうとろうというのか。

近年失われた自然は戻らないことが認識され、開発が自然破壊を伴う場合、充分な慎重さが要求されてきている。まして、本件で問われているのは、住民の生命・健康、人間社会全体の将来である。大型開発によつて生み出される潜在的危険が大規模であることが予想される場合、着手の前になされるべき安全審査もまた全面的でなければならない。

このことが、被告の責務である「住民の安全、健康及び福祉を保持すること」(地方自治法二条三項一号)を貫く道である。

(二) 本件の場合、原告らを含む地元住民にとつて、埋立に対する関心は、埋立自体による環境破壊にとどまらず、埋立地上で行なわれる産業活動にある。そのため、本件においても旧施行令六条に基づき、地元市町村会の意見を徴しているが、その地元市町村の意見は「埋立の目的」に集中してよせられている。

(三) 以上の通りであるから、免許権限を有する被告は、埋立が完成し、最終目標が達せられたときの姿を想定し、それが地域環境にどのような影響を及ぼすかについて事前調査をつくしたうえで判断することが、法の規定からも、また、地域行政・環境行政のあり方からしても求められている。

このように、プロセスの初期の段階において判断をなすことが、回復不能な損害を防止し、「将来の開発」と「環境保全」との総合的視野にたつた判断ができる保障であり、それが行政経済にもなる。

2  本件の場合、埋立権者である東京電力は、昭和四八年六月二一日、被告に対して本件埋立各免許を申請するに先立つて、昭和四七年八月二一日、内閣総理大臣に対し、「埋立の目的」である原子力発電所の設置許可の申請をした。右原子力発電所設置の許可処分は、本件埋立免許処分がなされた昭和四八年一二月一日以降である昭和四九年四月三〇日になされている。埋立をしようとする者は、埋立免許申請に前後して、埋立地上に設置される物が、他の法規により規制される場合には、その法規にのつとり、行政庁の許可処分を求めて申請をなしているのが通常である。

公有水面が埋立てられても、右埋立地上の建築物の許可がない場合には埋立は全く無駄な投資となる。本件のようにその建築物が原発である場合にはいずれその安全審査が要求されるのであるから、仮に被告には充分な安全審査をなすスタツフがないため、安全審査ができないとしても、被告は少なくとも埋立免許処分を原発の安全審査と平行し、その結果を待つてなすべきである。被告はかかる最低の努力すら怠つた。

3  以上の背景を前提として、公有水面埋立法は、免許処分にあたり「埋立の目的」を審査対象とすべきことを求めている。

(一)(1) 本来、公有水面の埋立は、一般的に禁止されており、法の求める審査を経たのち、都道府県知事の免許を受けてはじめて、公有水面を埋立てて土地を造成することが認められるのである(新法二条一項)。そこで埋立免許を受けようとする者は、都道府県知事に提出する願書に「埋立地ノ用途」を記載すべきことを求められている(同法二条二項三号)。願書記載事項が免許に係る審査対象に他ならないことは、右条項の位置、記述内容からみて明らかである。

(2) これについて、被告は、右規定の趣旨は、「当該埋立てが公共の利益の実現に資するものであるか否かの判断資料を得て埋立免許行政の適正を期するにある。」と主張している。しかしながら、被告の全体的主張との関連において検討すると、原告らには右趣旨が全く理解できない。被告は、「埋立の目的」の何を行政の判断資料としようとするのか。被告主張をどのように解しようとしても「埋立の目的」が附近住民にとつて生命、健康をおびやかす危険物に他ならないとの強い疑念がある時でも、その安全審査をなすことは要件ではなく「埋立の目的は単なる資料の一つにすぎないこととなり、そのまま免許を与えたとしても違法ではないこととなる。とすれば行政は公共の利益のために何をしているのか。住民の生命・健康を考慮しない公共の利益とは一体何か。結局のとこは、被告のいう「公共の利益」とは、生活する多数の住民の生命・健康を踏みつけにした「開発者の利益」に他ならない。特定開発者の営業利益が「公共の利益」にすりかえられている。

(二) 知事は、以下の点を審査し、それに適合すると認めた場合でなければ免許をなすことができない(同法四条)。以下の事項の判断には、用途の安全性を含めて審査検討しなければ判断できないことは明白である。

(1) 「国土利用上適正且合理的ナルコト」(同法四条一項一号)

(2) 「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラルタルモノナルコト」(同法四条一項二号)

(3) 「埋立地ノ用途ガ土地利用又ハ環境保全ニ関スル国又ハ地方公共団体ノ法律ニ基ク計画ニ違背セザルコト」(同法四条一項三号)

(4) 「埋立地ノ用途ニ照シ公共施設ノ配置及規模ガ適正ナルコト」(同法四条一項四号)

以上の規定は、審査にあたり、国土利用目的の適正妥当であることとその利用が環境保全・災害防止上十分配慮されているかを総合的に検討し、もし、災害防止・環境保全に対して否定的な結論がでたら免許を与えることはできないと明記している。被告の主張は、「埋立地上に設置される目的物件」については、それぞれ原子炉等規制法、電気事業法による許可、認可手続があり、それに基づき、設置の当否を判断すべきであるというのであるが、法は、許可手続の段階において、右の通り環境保全、火災防止につき審査判断せよとしているのであるから、被告の反論は成り立ち得ない。

(三) 同法四条三項二号は、「其ノ埋立ニ因リテ生ズル利益ノ程度カ損害ノ程度ヲ著シク超過スルトキ」でなければ埋立の免許を与える事はできないとしている。埋立によつて生ずる利益というのは、埋立によつてどの程度の面積の土地が生まれたかという点に限定されるわけではない。同様に、損害の程度を著しく超過するときというのも、奪われる水面利用権に限定されるものでもない。ここでも国土利用上の総合的判断が、環境保全・災害防止とのかかわりにおいて求められている。

(四) 一たん免許があつた後でも、「埋立地ノ用途」の変更をなすには、都道府県知事の許可が必要である(同法一三条ノ二)。そのことは、「用途」が免許にあたつての重要な事実であることを示している。たんに「行政の適正を期する」ための判断資料にすぎないとは言えない。

(五) 右「埋立ノ用途」が免許の前提としての重要な事実である以上、埋立工事終了後といえでも、一〇年以内に用途の変更を求めるときにも、知事の許可を必要としている(同法二九条一項)。この場合にも、「埋立地ノ利用上適正合理的ナルコト」「供セムトスル用途ガ土地利用又ハ環境保全ニ関スル国又ハ地方公共団体ノ法律ニ基ク計画ニ違背セザルコト」を判定しなければ許可を与えることはできない。

(六) 免許権者である都道府県知事には、右埋立によつて将来「公害」を発生することが予測され「公害ヲ除去シ又ハ軽減スル為必要」な場合には、免許の取消を含む措置をとることができる。(同法三二条)。右規定は、免許の時期に「公害」発生が予測される場合には、免許をすることができないことをも同時に意味している。事後に監督できるとするなら、事前にもできなければおかしいからである。

右において公害の発生とは同条一項四号に「工事施行ノ方法ガ公害ヲ生ズル虞レアルトキ」も同様とあるから、埋立によつて直接もたらされる公害以外の「公害」をも意味しているのである。この規定によつても、都道府県知事の免許の権限は、埋立地上に設置される施設の操業について、それが公害を発生するなら免許の取消を含めて監督・規制に及びうることは明らかである。

以上、新法の各規定は、明確に「埋立ノ用途、目的」が免許にあたつての審査対象であり、右審査は当然に安全審査をも含むものであることを示している。

(七) さらに、旧法施行令によれば、右趣旨はより明確にされている。

(1) 同施行令二条一項三号は、埋立免許の願書提出にあたり、免許を受けんとする者は「埋立の目的」を願書に記載することを求めている。このことから、埋立目的は審査対象であることが確認できる。

(2) 同施行令は、免許の優先順位につき、「公益上及経済上ノ価値最モ大ナルモノヲ免許スベシ」としている(同施行令第五条一項)。将来発生することが予想される公害をも含めて判断しなければ、公益上、経済上の比較はできず、従つて、優先順位は判断できないことはいうまでもない。

(八) 以上の各規定は、昭和四八年改正による公有水面埋立法四条一項二号、同三号を加えたことによつて、趣旨を根本的に変えたのであろうか。同号が環境配慮を目的として、埋立目的の総合審査をなすべきとする立場で解釈において争いの余地をなくした規定であることは当然としても、原告の主張は、他の各法条からも裏付けられるのであり、本号は、現代において当然の事項を規定したにすぎないのであるから、本号を加えた点は、確認的意味をもつにすぎないと言うべきである。

以上のとおり、原告らには本件処分の取消しを求める利益がある。

第三  証拠〈略〉

理由

一原告ら主張の本件各免許処分がなされたことは当事者間に争いがない。

二そこで以下原告適格について判断する。

1 行訴法九条は、当該行政処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、取消しの訴を提起できる旨規定している。

ところで、右の法律上の利益とは、当該行政処分の根拠法規がその者の利益を個別的具体的に保護するために行政権の行使を規制していると解される場合の利益であり、単なる事実上の利益や反射的利益は含まれない。

2 原告らは、本件各免許にかかる埋立地上にそれぞれ建設が予定されている原子力発電所および火力発電所の操業に伴う危険性、附近住民の健康被害等が本件各免許処分の取消しを求める利益を基礎づける旨主張する。

しかしながら、本件各免許処分の根拠法規である昭和四八年法律第八四号による改正前の公有水面埋立法(以下「旧法」という。)を仔細に検討しても、埋立地上に建設が予定されている原子力発電所および火力発電所の操業に伴う危険や健康被害等をうけないという附近住民の利益を個別的具体的に保護したものと解しうる規定は存しない。

もつとも、原告らは、昭和四八年法律第八四号による改正後の公有水面埋立法(以下「新法」という。)四条一項三号が附近住民の利益を保護した規定であり、旧法下でも同趣旨に解すべき旨主張する。

なるほど新法四条一項三号が「埋立地の用途が土地の利用または環境保全に関する国または地方公共団体の法律に基づく計画に違背せざること」を免許の要件の一つとしていることから、都道府県知事としては埋立地の用途が公害対策基本法九条あるいは一九条によつて定められる国または地方公共団体の環境基準計画等に触れるか否かを審査することになると一般的にはいうことができる。

しかしながら、これを本件についてみるに、原子炉に関する規制権限は内閣総理大臣に、放射性物質等の安全の規制権限は科学技術庁長官に、火力発電所に関する大気汚染・水質汚濁等に関する規制権限は通商産業大臣にそれぞれ属し、都道府県知事にはかかる権限がいずれも存しない(公害対策基本法八条、大気汚染防止法二七条一項二項、水質汚濁防止法二三条一項二項、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律二三条、二四条、二七ないし三〇条、三六条、三七条等、放射性同位原素等による放射性障害の防止に関する法律三条、四条、四条の二、六条、七条、七条の二等、電気事業法四条、五条、四一条三項二号、四八条等)。

したがつて、都道府県知事は法律上埋立免許申請を審査するにあたり、原告ら主張の前示危険性等を審査しえないから、新法四条一項三号をもつて、埋立地上に建設が予定されている原子力発電所および火力発電所の操業に伴う危険や健康被害をうけないという附近住民の利益までも保護したものと解することはできない。

よつて、原告ら主張の右危険性等は本件各免許処分を取消す法律上の利益を基礎づけるものではない。

3 つぎに、原告らは、埋立自体あるいは埋立工事に伴い、請求原因3の(二)記載の被害が生ずるおそれがある旨主張するが、これは、ひつきよう、環境権に対する侵害のおそれがあるというに帰するところ、その内容は一般的抽象的でありとうてい行訴法九条にいう法律上の利益にはあたらない。

他に原告らに本件各免許処分の取消しを求める法律上の利益を認めるに足る主張立証はない。

三以上の次第により、本件各訴は、いずれも原告適格を欠く不適法なものであるから、すべてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(佐藤貞二 石井義明 平井治彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例